進捗報告 6/18

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海外に出てから、私は自己の理解と言う事柄に

強く関心を持って取り組んでいる

 

私にとって思考すると言うことは、息をすることよりも重要な事項なのだ

しかし、最近その思考すると言う事について、一つの気づきがあったのでここに記録したい

 

まず私の思考傾向についてはADHD特有のバックボーンがあり、それを基に以下の傾向が出ている

・双極性2型

・愛着障害

・回避性パーソナリティ障害

 

ADHDについても不注意優勢型であり

一時期は自己の生まれを呪ったこともあるが、今ではその思考傾向を正しく受け入れて、自己肯定感が高まっているのを感じる

 

特に思考が枝から枝へ飛んでいき、面で情報領域をカバーしていくのは快感でもある

ここで、私の思考例を話そう

 

・誰かがジャマイカの話をする

・ベトナムからジャマイカまでどれ位かかるんだろう

・ジャマイカってビザとかの処理どうするんだろう

・そもそも出国ゲートを出たら、法律の扱いとかどうするんだろう

・領空権の問題とか世界でルールがあるのか

・機体番号や航空図を見た結果、ロシア北部には全く飛行機が飛んでいないのはなぜだ

・世界最低の航空会社は北朝鮮の高麗航空

・機内食が東方航空と一緒だな、世界1の航空会社ってどこだ

・JALの飛行機事故の真相を知りたい

・3.11って結局仕組まれたものだったのか

...以下永遠に続く思考の枝

 

 

しかし

これだけ思考の枝が走り出すのに、事対人に関しては思考が始まらず、うまくコミュニケーションができないのが現状だ

 

一つの原因として、私が視覚優位の認知特性だからだと考えている

私が視覚優位の認知特性を元々獲得していたかと言うと、そうではないと考えている

多分きっかけは小学3年生の時にサッカーをやめてしまった事がきっかけとしてあるのだ

 

もう後の祭りでどうしようもなく、特段恨んでいるわけでもないが

習い事の空手をズル休みした私に、父がサッカーか空手どっちか選べと迫ったのだ

もちろん私はサッカーを選択したが、その選択を父は許さなかったのだ

今になってわかるが、本気でやりたいなら反対されてもやるだろうと父は考えていたいたようだが、私が当時培った9年あまりの人生ではそのような自己肯定感に溢れた選択はできないのである

 

・二択の権限を与えたにも関わらず、結果選択を強制させた

 

ここがミソとなり、私には人生を決定する力がない、自分の意見は聞いてもらえない、強制されたと、と言う父へのイメージが決定したのだ

 

 

 

話が大きくズレたが、そこから私は活動聴覚優位から視覚優位の認知に変わっていくのだ

この仮定は

当時の自分が何か別の人間に変わっていくという、漠然とした恐怖感を思い出して書いている

本当にそれがきっかけだったのかはわからない

 

 

とにもかくにも

私は視覚優位の人間よろしく、デザイン、アート、文学などの特に抽象的概念に興味を抱き、バックボーンであるADHDも相まってここまで生きてきたのだ

 

最初の話に戻るが

何が最近の一番の衝撃だったのかは

”お前は選択肢が少ない”

と言う一言だった

 

今までの私の思考と言うものは言うなれば物理法則や基本的概念を無視した

思考実験とも言えるべき内容だと、初めてその時に気づいたのだ

 

 

 

 

現状ある材料から結果が見えたゴールの辻褄合わせの為の思考だったのだ

限られた、狭い選択肢の中でどうにかベターな物をと言う思考

 

 

つまりゴールの設定を今からの発展で考えており

大きな未来から思考が逆算されていないと気づいたのである

 

 

逆算思考と限られた選択肢しかない

 

この二つは私の考えを、今、大きく揺るがしている

目に見えてはいないが、今大きく変化をしようとしているのを感じているのだ

 

自己理解にも大きく貢献し、自分の世界に初めて他人が入り込みそうなスペースが生まれてくるを感じる

 

鉄籠に覆われた思考は

ようやくその扉を開ける事を選んだ

後は鍵の構造を理解し解除

 

扉を開けるだけだ